この一年を振り返って(坂田東一 駐ウクライナ日本国特命全権大使)

大使写真
坂田大使

 2011年10月にウクライナ駐箚特命全権大使としてキエフに着任してから一年余りが経ちました。この間,日本とウクライナとの協力関係強化のために,政治,経済,環境,科学技術,教育,文化等のあらゆる分野で両国の交流と協力の促進を図るべく努力してきました。以下に主要分野での二国間交流に焦点を当てて,この一年を振り返ってみたいと思います。

 【要人往来】

 公的分野での要人往来としては,この3月にリトヴィン最高会議議長に訪日いただき,野田総理,横路衆議院議長,平田参議院議長などと会談いただき,大震災一年後の我が国の状況も含めて二国間関係全般について意見交換していただきました。4月にバローハ非常事態大臣に訪日いただいたことも両国の原子力事故処理分野の協力を進める上で大きな意義がありました。特に同大臣の訪日の機会に,衆議院において両国の外交樹立20周年を記念して両国友好親善関係の増進に関する決議が行われたのは画期的なことです。ポロシェンコ経済発展・貿易大臣も第4回日・ウクライナ経済合同会議のために今月(11月)に訪日されました。日本からウクライナへは,昨年10月以来,衆議院の議院運営委員会(小平委員長)や東日本大震災復興特別委員会(古賀委員長)の各委員長以下の御一行,文部科学省の森・高井両副大臣,有馬元文部大臣などの訪問がありました。 

 【20周年記念事業】

 特に今年は1月26日に日本とウクライナが外交樹立20周年を迎え,これを記念して様々な行事を実施した大使館にとっても特別の年になりました。
 具体的には,今年1月以来キエフ等にて,餅つき大会(キエフ日本語補習授業校),日・ウクライナ合同バレエ(国立オペラ・バレエ劇場),日本の工芸品(チェルニヒフ市)や絵画(ドニプロペトロフスク市及びポルタヴァ市)の巡回展,日本映画祭,日本展示会(キエフ・エクスポプラザ)などを開催してきましたが,特に3月11日の東日本大震災一周年の日に,指揮者上野隆史氏と作曲家ヴァシリ・ピリプチャク氏の協力により,国立オペラ・バレエ劇場にて,「チェルノブイリ・福島に捧げる日本・ウクライナ音楽の対話」と題するコンサートを実施しました。このコンサートにはウクライナの多くの音楽関係者にご参加いただき,厚く感謝をいたします。
これらに加えて日本から招聘した方々による三つの特別な事業を実施しました。400年余の伝統を持つ茶道の裏千家千玄室大宗匠による9月の茶道講演会とデモンストレーション,日本を代表する国立大学京都大学の松本紘総長による10月の講演会,8世紀初めに起源を持つ日本舞踊の西川流,藤間流及び花柳流からなる代表団による11月の公演です。いずれもウクライナでは初めての事業です。

 千玄室大宗匠はアザーロフ首相等要人約100名にお茶をふるまわれたほか,国立キエフ工科大学で講演会とデモンストレーションを主催され,会場の大講堂には約2,000名もの市民の皆様が来られ,大変な盛り上がりとなりました。正式行事が終わって大宗匠が自らステージで始められたお点前も大勢の人が取り囲み,いつまでも熱心に興味深く見入っていました。
 松本紘京都大学総長は国立キエフ大学と国立キエフ工科大学でそれぞれ講演されました。タイトルは「科学と経済成長における二つのパラドックス---我々は正しい方向に進んでいるか」というもので,会場のホールは満員の学生と先生方で埋まり,学生との間で活発な質疑応答が行われました。松本総長は,最近の話題として,来る12月10日にノーベル医学・生理学賞を受賞される山中伸弥教授が京都大学出身の8人目のノーベル賞受賞者であることも紹介されました。
 日本舞踊団は,キエフだけでなく,西のリヴィウと東のドネツクでも公演をし,すべての会場が立ち見も出るほどに観客でいっぱいになり,スタンディング・オベーションも起こりました。ドネツクではヤヌコーヴィチ大統領夫人も来られ,舞踊団一行に特大の花束をいただきました。日本舞踊はバレエとは動きが随分違いますが,ウクライナの皆様に日本の文化を存分に楽しんでいただいたと思います。
これら3事業ともに両国の多くの方々のご支援とご協力により実現できたもので,この場を借りて心から御礼を申し上げます。

 【原子力事故後協力】

 昨年3月の東日本大震災を契機に福島原発事故が発生し,福島を中心に甚大な被害が発生しました。今後の同事故処理対策のために,日本がチェルノブイリ原発事故の経験を持つウクライナから学ぶために両国の協力が進んでいます。この約1年の間に,日本から国会議員団,政府要人,大学関係者,地方議員団,電力関係者など24グループがウクライナを訪問し,チェルノブイリ原発の視察や関係機関との会合を持ちました。ウクライナからも原子力や放射線医学等の多くの専門家が訪日しました。この4月にはバローハ非常事態大臣が訪日され,玄葉外務大臣との間で「原子力事故処理協力に関する両政府間の協定」に署名され,7月には同協定の下で第一回の合同協力委員会が開催され,この分野での両国の協力が本格化しています。原子力事故から両国が得た教訓とそれに基づく両国の協力によって,被災地の福島の一日も早い復旧・復興及び世界の原子力安全の向上のために貢献できればと思います。

 【経済・エネルギー・環境】

 今年は経済・エネルギー・環境の分野の協力で両国間に具体的な動きがありました。ウクライナへの初の円借款プロジェクトであるボリスピリ国際空港ターミナルD建設事業がこの5月に完成し,大統領が出席されて完工式典が行われました。日本は総事業費の約半額の191億円を拠出しましたが,この10月からターミナルDの本格運用が始まったことは我々にとっても嬉しいことです。
 京都議定書の下でのグリーン・インベストメント・スキーム(GIS)によるエネルギー・環境プロジェクトにも進展がありました。GISは両国政府が協力して進めているものですが,我が国がウクライナから3,000万トンの温室効果ガス排出権を購入し,ウクライナはその資金を利用し,日本の技術等を使って省エネ・環境プロジェクトを実施するものです。具体的な事業は両国の企業等が契約を交わして実施します。8月にはウクライナの旧式のパトカー約1,200台を今後日本製のハイブリッド・カーに更新することで合意し,また,10月にはキエフ市の地下鉄車両を近代化するため,約100両を省エネ型の日本製モーターに変えると同時に車両も新しいものすることでまとまりました。GISではウクライナ国内でこのほかに4つの大型プロジェクトと約500の学校や病院の公共施設の断熱化事業が進みつつあります。GISがウクライナにおいて環境に優しい社会を創ることに貢献できれば幸いです。
 11月には両国間の経済・貿易・投資全般を協議するため,ウクライナ側からポロシェンコ経済発展・貿易大臣の出席を得て第4回日・ウクライナ経済合同会議が東京で開催されました。また,現在両国政府間は双方の投資を保護・促進するための「投資協定」の交渉を進めています。日・ウクライナ間の輸出入合計の貿易量は2011年が約11億米ドル,2012年は約15億米ドルに増えることが期待されていますが,今後,両国の貿易や投資が一層活発になることが期待されます。

 【科学技術・教育】

 ウクライナの科学技術と教育は歴史的にも高いレベルにあり,この分野での学生や研究者の交流や研究協力を促進すべく,いくつかの試みをしました。
 3月には国立キエフ工科大学において,日本の9大学によるウクライナ学生向けに第2回「留学フェア」を開催し,日本への留学の魅力などの説明会が行われました。4月には日本学術振興会(JSPS)の小平ボン・センター所長にキエフまで来ていただき,ウクライナ科学アカデミーや大学関係者に対し,JSPSのプログラムを使って両国の研究協力を行う方法などのセミナーを開催してもらいました。7月には文部科学省を中心とする日本の各種公的研究機関の研究者約20名が来られ,ウクライナ側の約20の研究機関との間で今後の協力の可能性について意見交換が行われました。
 また,ウクライナ教育科学・青年スポーツ省と文部科学省は昨年来,主として教育分野での協力を進めるべく,両省間のMOUの締結を目指して交渉をしていましたがそれがまとまり,9月に高井副大臣が来られた際,スリマ第一副大臣との間で同MOUが調印されました。 このように今年だけでも,科学技術と教育の分野で前向きな動きが続いており,今後具体的に研究者や学生交流の拡大などが期待されます。

 【国内政治状況】

 この国の政治に大きな影響を与える最高会議の選挙が10月28日に実施されました。欧州安全保障協力機構/民主制度・人権事務所(OSCE/ODIHR)や米,加などの欧米の国際機関や国などから,約3,800名の選挙監視団がウクライナに来て,公正かつ自由な選挙が実施されるかどうかを監視しました。日本からも我が大使館を中心に7名の監視員を派遣しました。公正かつ透明性のある選挙の実施という観点から,OSCE/ODIHRなどは今回の選挙プロセスや投票の集計などに多くの問題点があったと指摘していますが,既に選挙結果は正式に発表され,与野党の数の勢力図は概ね選挙前と大差のない結果となりました。しかし,今回は450の定数の半数に小選挙区制が導入され,比例区選出議員とは思想や背景の異なる議員が選ばれていること,既存の与党・地域党及び統合野党「バチキフシナ」の他,ウダール党やスヴォボーダ党という新しい野党が計77の議席を得たこと,当選者445名(5名は未確定)の7割近くが新人であることなどから,新しい議会は選挙前とは違った様相となる可能性があります。従って,民主主義と市場経済の発展や汚職の根絶に向けて国内諸制度の改革が進むのか,ウクライナのEU統合に向けての歩みは進捗するのか,ロシアやCISとの協力関係がどのように進展するのかなど,議会の動向が政府の政策にいかなる影響を与えるのか大いに注目されます。

 【秋の叙勲】

 11月3日に公表された今年の秋の叙勲で4名のウクライナの方が栄えある旭日章を受賞されました。国立キエフ工科大学ズグロフスキー学長、タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学中国語・韓国語・日本語学科長ボンダレンコ教授、同大学地域研究・観光学科長ヤツェンコ教授及び国立リヴィウ工科大学フェドリーシン准教授で、日本語教育や文学、文化、経済等の分野での日本研究、また、様々な分野での日本・ウクライナ間の交流・友好関係の促進に貢献されました。この秋の外国人叙勲は全体で46名ですから、ウクライナから4名もの方が一度に叙勲されたことは大使館にとっても大きな喜びです。叙勲された皆様には今後も両国関係の発展に向けて、一層のご活躍をいただきたいと思います。

 【地方連携】

 キエフ着任後,一つ心がけたのは可能な限り地方に出向き,独自の個性と歴史や文化を持つ町や地域を訪れ,人々と交流することによって,ウクライナ全体を理解できるようにしたいということでした。幸い,例えば,我が国の草の根・人間の安全保障無償資金協力プロジェクトにより,地方の町の病院の時代遅れの医療・診断機材を最新型のものに変えたり,小学校の古くなった机やいす,給食設備を更新するような機会に現地を訪れ,病院,学校,地域の行政機関の関係者や住民の方々などと意見交換する機会を数多く持つことができました。ウクライナには24の州とクリミア自治共和国,そしてキエフとセヴァストーポリの2つの特別市がありますが,このうちまだ訪れていないのは10州になりました。国と国との交流といっても,結局は人と人の交流あってのことです。人を知り,生活を知り,地域を知って,初めて実り多い二国間交流と協力ができるものだと思います。

 既に述べたとおり,この1年間に,政府,議会,民間企業,大学,研究機関,文化団体など両国の関係者による幅広い分野での交流が活発化しつつあります。このことは両国の関係各位のご尽力とご協力あってのことと深く感謝しております。今後も,ウクライナと日本との更なる人の交流と様々な分野での友好協力関係の強化に向けて,そしてそれが両国国民に利益をもたらすように,館員一同一層の努力を傾けたいと思います。両国国民の皆様の変わらぬご支援と後協力をお願いする次第です。

ウクライナ駐箚日本国特命全権大使
坂田 東一
(2012年11月)
 
 
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