ウクライナだより 3 ~ウクライナの若きバレー・ダンサーたちへの手紙~
10月10日の土曜日の夜、寺田ウクライナ国立バレエ芸術監督から声をかけていただき、キーウ市中心にある国立歌劇場を訪れました。最近日夜を問わず飛んでくるドローン対応のため疲弊気味の大使館員にも息抜きし気分転換してもらおうとの後藤医務官の計らいで数名で一緒にお伺いました。
寺田さんは劇場の前でニコニコして待ってくれていました。こうして歴代の大使も優しくお迎えいただいていたのでしょう。開演前ということで、挨拶もそこそこに席に通していただきます。「最近は空襲で客が少なかったんですが、今日は満席です」とのこと。期待感に華やぐ開幕前の劇場の華やかさは世界のどの劇場とも変わりません。ただ日常と非日常のギャップにまだ面喰います。一ブロック行けば、先日ドローン攻撃があって一部焼失した科学アカデミーの建物があります。
演目は三つ。最初の「Variations Donizetti」はジョージア人の血を引きサンクトペテルブルグに生まれ、ロシア革命後にアメリカに移住してニューヨーク・シティ・バレエを創設し、物語のない「プロットレス・バレエ」の世界を切り拓いた巨匠バランシンの作品。バランシン財団からバレエ団の技術レベルやダンサーの質を厳しく審査して認められて上演可能となるところ、今回ウクライナ国立バレエ団が許可を受け初上演しました。ダンサーが着用する衣装は、ウクライナ東部のハリキウ出身のこれも伝説の服飾デザイナーのバーバラ・カリンスカがデザインした「クラシック・チュチュ」です。後藤医務官から「明るく楽しいので素直に楽しんで」との話がありましたが、その通り華やかな気分になりました。
幕間にやってこられた寺田監督から話を聞きました。京都市(キーウ市との姉妹都市)の寺田バレエ・アートスクールを経営する両親の下に生まれ、ソ連のペレストロイカ時代にシュワルナゼ外相が来日した時の縁で1987年に日本人初となるソ連の国費留学生としてキーウ国立バレエ学校に留学。「留学に親がついて来てはいけない」とのことで、11歳の時に一人でやってきたとのこと。その後名門ウクライナ国立バレエ(当時はキエフ・バレエ)に入団してソリストとして活躍、2012年に同バレエ学校芸術監督になられました。そして、2022年2月のロシアの全面侵攻。世界中に散り散りになったバレエ団のメンバーが日本での公演をめがけて同年夏に前橋に結集して、侵攻後初の海外ツアーを全国16都市のツアーを敢行したといいます。「そうなんです。前橋は我々の聖地なんです。一か月の宿泊場所や練習場所を提供してくれて今でもとても感謝していますし、毎年コンサートを行っています。」との話に、NHKのドキュメンタリーで日本の一地方都市にキーウのバレエ団のメンバーが参集したことが取り上げられていたのを思い出しました。
二つ目の演目は、「Spring and Fall」。女性は白い優美なドレス、男性は白いパンツに筋骨隆々の上半身で一体となって踊り、人間の感情の揺れ動きや季節の移り変わりをダンスで表現しています。この現代バレエはドイツ人の作品とのこと。2022年の侵攻を機にウクライナ・バレエ団ではロシアの作品は一切上演されなくなりました。あれだけ溢れていたロシア語も今は公の場では一切話されず、そして英語が特に若者の間では準公用語となっています。まさか自分達のアイデンティティを全面否定し殺戮に来るとは、とのロシアへの恨みは大きく、ウクライナにおける脱露入欧の滔々とした流れがあります。今,真の意味での国民国家が誕生しつつあるのかもしれません。

(「Spring and Fall」終了後の挨拶のシーン。この舞台の照明制御装置は日本が支援して設置されたもの)
そして三作目は「Wartime Elegy」。
寺田監督に、あのNHKのドキュメンタリーではダンサーが世界中に散っていくところで終わっていたと記憶していますが、そのあとどうなったのですか?と聞いたところ、「あの後多くが戻ってきましたね。一度なぜ戻ってきたのかダンサー達本人に聞いたんですよ。そうしたら、『今、自分達がキーウに戻り伝統を継いで次の世代に繋いでいかないといけないから』という答えが返ってきました。私も全面侵攻開始のときは避難したんですが、その後に一旦キーウに戻った時に、監督を引き受けてくれないかと言われ覚悟を決めました。」との返事が返ってきました。2022年12月に寺田監督は外国人で初めてウクライナ国立バレエ芸術監督に就任します。「それまで70~80年同じ演目を踊っていたんですが、自分が監督になり新しいことに貪欲に取り組むことにしました。」とのことです。
「Wartime Elegy」を振り付けたアレクセイ・ラトマンスキーはレニングラード生まれのキーウ育ちで両親がロシアとウクライナ出身。ウクライナ・バレエ団で踊り、ボリショイ・バレエの芸術監督も務めた経験のある現代最高峰の振付師の一人です(現在バランシンが創設したニューヨーク・シティ・バレエで仕事をしています)。2022年2月にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した際にはモスクワのボリショイ劇場でリハーサル中でしたが、即座にその仕事を放棄してロシアを出国し、自分の全作品のロシアへの上演を認めないと宣言し、ウクライナのために声を上げ行動をしてきました。妻のタチアナさんはウクライナ人で親族もキーウにいます。侵攻からわずか数ヶ月後にラトマンスキー氏が作ったのがこの「戦時のエレジー」です。今は、ウクライナ国立歌劇場の看板のレパートリーで今回、ラトマンスキー氏は、一つ目の「Variations Donizetti」とこの作品の振り付けのために、全面侵攻後初めてキーウを訪問したとのことでした。寺田監督も、「この作品はやはり多くの人が観にきてくれます。今日満席になったのもこの作品が上演されているからですね。」とのことでした。
バレエは、「戦時のエレジー」とのタイトル通り、戦場で倒れる仲間を引きずり連れていくというようなシーンから始まります。踊りの高貴さがもたらす哀感。ダンサー一人一人の感情が投影されているように感じます。そして中盤は華やかな民族衣装の男女別々のグループが村の若者の踊りを明るく披露し、ウクライナの豊かな土地や人々の力強さを表現します。そして最後はまたモノトーンの場面になり、将来への希望を表現しているかのように、ダンサーが顔を上げて前に進んでいく場面で終わります。
躍動、汗、心の中に流れているだろう涙。美しく、哀しく、そして秘めたる決意。芸術は人間の生の中にほとばしる感情を昇華させたもの。若いダンサーひとりひとりが暗い影を振り払って「いま」を生きる、昨日でも明日でもない「いま」の気持ちを表現し精魂尽き果てるまで踊る姿に私は圧倒されました。幕後にステージ裏で握手をしたダンサー達は息を切らし汗でびっしょりでした。寺田監督も、「この作品は本当にきついんです。体力的にもそうですが、戦争が続いている中でダンサーひとりひとりが想いを持っているので精神的にも大変で、みんな終わるとぐったりとしています。」と話をしてくれました。
渾身の演技で観る者の魂に訴え、そして力を与える。これこそ「芸術の力」ではないかと感じました。
ダンサーたちへの手紙
親愛なるウクライナ国立バレエ団のダンサーのみなさんへ
10月10日の夜、国立歌劇場でみなさんのバレエを鑑賞しました。
軽やかで楽しい「Variations Donizetti」、優美で繊細な「Spring and Fall」と現代バレエならではの素晴らしさを見せていただきました。ありがとうございました。
そして、「Wartime Elegy」。この作品を、今、戦争に晒されているウクライナの首都キーウの歌劇場で観ることには特別な意味がありました。躍動、汗、心の中に流れているだろう涙。美しく、哀しく、そして秘めたる決意。皆さんひとりひとりがこの戦争の影と戦いながら、精魂を込めて踊る姿に圧倒されました。
芸術は人間の生の中にほとばしる感情を昇華させたもの。皆さんの渾身の演技は私の心を揺さぶり、そしてエネルギーを与えてくれました。高貴な精神を呼び起こすこと、それは芸術家の崇高な任務だと思います。みなさん芸術家に感謝します。
寺田監督からは、2022年のロシアの全面侵攻後にキーウに戻ってきたのは、多くの場合、「今、自分達がキーウに戻り伝統を継いで次の世代に繋いでいかないといけないから」との理由だったと聞いています。私は思いました、みなさんこそウクライナの未来そのものだと。みなさんが、この苦しみの先にある新しいウクライナを担っていくのだと思います。
そしてもう一言だけ。2022年の苦しい夏にみなさんが日本ツアーから再起したときのように、日本の人達はあなたたちとともにあります。
2026年10月15日
在ウクライナ大使 大隅洋
